ART & CULTURE

[BRIEF HISTORY]ミャンマーの旧首都、ヤンゴン
黄金の仏塔と植民地の痛みが共存するミャンマー最大の都市であり、経済首都のヤンゴンはどのように誕生したのか?
01
BC 3000:今から約5000年前、ミャンマーに人類が住み始めた。ヤンゴンは南側を海に、側面はエーヤワディー川に挟まれている。この川の流域にアニャティアン語族が定着した。しかし彼らは絶滅し、そこに東チベット系のビルマ族とオーストロアジア系のモン族がやってきた。
02
BC 500:シュエダゴン・パゴダ(塔)は、ヤンゴンだけでなくミャンマー最大の宝物だ。口伝によれば今をさかのぼること2500年前、ヤンゴンにはモン族の王国であるトゥワナブーミー(Thuwanna Bhumi、黄金の地)があった。この国の商人2人がインドでブッダに会い、餅を施した。ブッダは8本の聖髪を渡して感謝を示した。商人たちはトゥワナブーミーの王にブッダの髪を捧げ、王は平地であるヤンゴンの丘に寺を建立してこれを安置したとされる。ロッテホテルヤンゴンはシュエダゴン・パゴダ(塔)の北に位置する。
03
638:パガン(Pagan)王朝が638年に成立した。ミャンマーの歴史書はパガン王朝が107年に建国されたと主張するが、根拠は明らかになっていない。パガン王朝は南側のモン族の国家と対立し、1044年にミャンマー全体を統一した。ミャンマーは100以上の民族が住む多民族国家だ。ビルマ族が68%で最も多く、9%がシャン族、7%がカレン族だ。モン族は2%しか残っていないが、小乗仏教をいち早く取り入れてミャンマー南部に高度な文明を築いた。稲作を導入したのも彼らだ。ヤンゴンはモン族の代表的な村の一つで、丘という意味の「ダゴン」と呼ばれた。6~10世紀の間にモン族がここに丘を作ったためだ。
04
1372:1277年、モンゴル軍が攻撃を開始した。パガン王朝は抵抗したが、1287年に滅亡した。1310年前後にモンゴルはミャンマーから撤退した。これにより、ミャンマーは中北部がシャン族のピンヤ朝、南部がモン族のペグー王朝に分割され、250年間対立が続いた。ペグ―王朝は1372年に建国された。ビンニャ・ウー王はシュエダゴンを18メートルの高さで再建し、ビンニャ・ジャン王は90メートルの高さまで棟を増築した。シンソーブ女王は自身の体重と同じ重さ、ダンマゼーディー王は自身と女王の体重の4倍の重さの金を喜捨し、塔に金箔を貼り付けた。ヤンゴンはペグー王朝時代に港湾都市として開発された。
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ミャンマーの宝、シュエダゴン・パゴダ

05
1755:アラウンパヤー(Alaungpaya)王が1752年にコンバウン王朝を興した。1755年、ダゴンを占領した王は、都市の名をヤンゴンに変更した。ヤンゴンは「戦争の終息」という意味だ。アラウンパヤ―王はモン族の首都だったペグーを破壊してしまったため、ヤンゴンはミャンマー南部の代表的な都市として発展することになった。また、コンバウン王朝時代に多くのモン族がタイに移住し、残った人々はビルマ族と同化した。
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1824:ミャンマーと英国の間で最初の戦争が勃発した。英国東インド会社の社員がゾウを狩っていた時にミャンマーの領土を侵犯し、逮捕されたことが発端だった。英国は艦船を動員してヤンゴンを占領し、エーヤワディー川に沿って首都のすぐ下まで進撃した。2年間の戦いの末、ミャンマーは屈辱的なヤンダボ条約を締結し、領土の一部を割譲するとともに英国軍の首都駐屯を受け入れなければならなかった。以降、英国はヤンゴンにイマニュエル・バプテスト教会など英国式の建物を多数建設した。
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ヤンゴン市の文化遺産に登録されているイマニュエル・バプテスト教会

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1852:罰金を納付しない英国人をミャンマー政府が拘禁した。また、英国軍の下級将校が馬に乗ったままヤンゴン官庁に入ったことが問題になり、第二次英緬戦争が勃発した(官庁に入る時には王族も馬から下りるのが慣例だった)。第一次戦争と同様、英国はヤンゴンを占領し、シュエダゴンを軍本部として使用した。戦争に勝利した英国は、南部ミャンマーを英国領のビルマとして統治した。
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1853:英国領ビルマの首都をモーラミャインからヤンゴンに移転した。英国軍の都市工学専門家、アレクサンダー・フレーザーの設計でヤンゴンを整備した。港に近いスレー塔を中心に碁盤の目のように都市を区画した。これ以降、ヤンゴンはインドと英国をつなぐ国際港湾都市として発展した。
09
1857:英国軍はインド大反乱を鎮圧した。抗争に協力したインド、ムガル帝国のバハードゥル・シャー2世は逮捕され、息子と孫はその場で処刑された。英国軍はバハードゥル・シャー2世をヤンゴンに幽閉した。1862年、彼はヤンゴンで病死した。彼はインドの祖先の墓に埋葬されることを望んだが、ヤンゴンに埋められた。英国は彼の墓を公開してこなかったが、20世紀後半になってその位置が知られるようになった。
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コロニアル様式の建築物の象徴、ヤンゴン旧最高裁判所

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1883:英国がヤンゴンに造幣局を開設した。これまでミャンマーの人々は貨幣の使用に慣れていなかったため、米と紙を交換することに非常に戸惑った。英国系、インド系、中国系の高利貸しがミャンマーの農業経済を完全に食い荒らし、農産物はヤンゴンの港から海外市場に売られていった。
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1885:ミャンマー南部を占領しただけでは満足できなかった英国は、あらゆる言いがかりをつけては戦争に持ち込もうとし、外交権の放棄など無理な要求をした。ミャンマー王はこれを受け入れたにもかかわらず、英国軍は素知らぬふりで首都を攻撃し、陥落させた。王と王妃は牛車と馬車に乗せられ、インドに追放された。1885年、完全に英国の植民地になったミャンマーは英国領インドの州に編入された。総督はインドにおり、インド総督府から派遣された最高行政官はヤンゴンからミャンマーを統治した。また、ヤンゴンという名称は英国式の「ランゴン」に変わった。
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シュエダゴン・パゴダとコロニアル様式の建築物、近代的なビルが一望できるヤンゴン市内

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1887:ヤンゴンとピエイを結ぶ鉄道が敷設された。1889年にはヤンゴンから(コンバウン王朝の首都だった)マンダレーまでの鉄道路線が完工した。翌年には鉄路をミッチーナーまで延長し、1907年にはラーショー、パテイン、モーラミャインまでの路線も追加された。ヤンゴンは鉄道交通でも中心地になった。
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1920:ミャンマーで最も古い大学のヤンゴン大が設立された。この学校の前身は1878年に英国植民政府が開校したカルカッタ大学付属大だ。1920年、ジャドソン大と合併して総合大学であるヤンゴン大になった。以降、ミャンマーの高等教育機関の多くがヤンゴン大の傘下機関として登録され、1960年代以降は傘下の大学の大部分が独立して別の学校になった。キャンパスはヤンゴンの南西の海辺にある。
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1937:インドの州に編入されたミャンマーには多くの問題が発生した。インド人がミャンマーに大挙して移住し、商圏を掌握したためだ。第二次世界大戦が起こる直前には、ヤンゴンの居住者の50%以上がインド人だったほどだ。このためミャンマーでは脱インド運動が相次いで起こり、1937年に英国政府もミャンマーのインド分離を正式に承認した。
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ミャンマー独立の父、アウンサン将軍博物館

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1948:ミャンマー独立の父、アウンサンは30人の青年たちと日本で軍事訓練を受け、英国との決戦に備えた。ミャンマー独立軍は日本軍と連合して英国と戦闘を繰り広げた。シンガポール戦線が崩壊して英国軍はインドに後退し、1942年にミャンマーは英国から解放された。しかし、仲間だった日本が本性を現し、ミャンマーを植民地支配し始めた。アウンサンは過去に敵だった英国と手を結んだ。1945年3月、1万人からなる愛国ビルマ軍を結成して日本と一戦を交え、ヤンゴン奪還に成功した。ミャンマーは1948年1月4日、英国から正式に独立した。
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巨大な涅槃(ねはん)仏で有名なチャウタージ寺院

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1973:シュエダゴンの北東の丘にはチャウタージ寺院がある。この寺院は幅67メートル、高さ18メートルの超大型涅槃(ねはん)仏で有名だ。この涅槃仏は1907年にある国会議員の家族が寄付して作られたもので、高温多湿な気候のせいで崩壊を繰り返し、1957年に完全に撤去された。1966年から新たな涅槃仏の製作が始まり、1973年に完成した。
롯데호텔양곤

롯데호텔양곤

ロッテホテルヤンゴン

ヤンゴンでの滞在:ロッテホテルヤンゴン
ロッテホテルヤンゴンは、ミャンマー人の聖地であるシュエダゴン・パゴダの北側、インヤ―湖の西側に位置している。客室からは美しいインヤ―湖を見下ろすことができ、大規模な行事やセミナーのための宴会場や多彩なレストランを備えている。屋外インフィニティ―プールやカバナ、プールバーなどさまざまな屋外施設があり、宿泊客に安らぎの時間を提供する。

住所 No. 82, Sin Phyu Shin Avenue, Pyay Road, 6½ Mile, Ward 11, Hlaing Township, Yangon, Myanmar
電話 +95-1-935-1000
ホームページ  www.lottehotel.com/yangon-hotel
August 2019 編集:河在暻
文:李重翰

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  • August 2019
  • 編集: 河在暻
    文: 李重翰
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