ART & CULTURE

あなたのもとを訪れるアートプロジェクト、ベアバルーン
近ごろ最も忙しく、注目を浴びるアーティストの一人、イム・ジビンに会った。彼へのインタビューを通して、アートの役割と大衆性をあらためて考えさせられた。
アート市場はギャラリーを持つ美術商とコレクターが主導する。大衆という言葉がその間に入り込む余地はなかなかない。一般の人々が月1回、いや年1回だろうとアートの展示を見に出掛けることはまれだ。そうやってアートは日常において大衆と距離を置いた専門の領域へ変化し、アート市場はますますうぬぼれを強めている。
高慢なアート市場にあっても、イム・ジビンは一般の人々と積極的にコミュニケーションを図っている。幸いにもその努力の甲斐あり、市場と大衆の両方から注目を集めている。飲料、スポーツ、高級自動車、ラグジュアリーファッションなど、業種を問わず数多くの海外ブランドがイム・ジビンとの協業を望むのは、彼が大衆性を手放すことなくブランド価値にふさわしい作品を生み出す、感度の高いアーティストでもあるからだろう。
 

‘EVERYWHERE in Venice‘, Variable installation balloon 2019 © イム・ジビン

‘EVERYWHERE in Chengdu‘, Variable installation balloon 2016 © イム・ジビン

‘EVERYWHERE in Hong Kong‘, Variable installation balloon 2016 © イム・ジビン

その作品の最前線には、クマ型ブロックタイプフィギュアのBE@RBRICK(ベアブリック)をモチーフにした消費社会の顔を映し出す彫刻シリーズ、そして巨大なクマの風船、ベアバルーンを海外と韓国各地でゲリラ的に設置して動画と写真に記録するプロジェクト「エブリウエア(Everywhere)」がある。イム・ジビンはエブリウエアのことを、人々のもとを訪れるアートという意味で「デリバリーアート(Delivery Art)」と呼ぶ。路地や建物の間に挟まれた巨大なクマの風船の画像を見れば、彼の人気の理由に納得がいく。
ベアブリックを作ります

Q. 新型コロナウイルスのために多くの展示や文化イベントが取りやめになりました。アーティストにとって厳しい1年でしたね。
A. 僕もプロジェクトや企画展が取りやめになったり延期されたりしました。中でも企業と進める仕事は多くがキャンセルされました。それでも個展は3回ほど開きましたが。

Q. 大学生の時に展示を始めましたね。
A. 学生時代も作品づくりに打ち込んでいました。この先の生計や進路に悩みもしましたし。そうした時に釜山美術大展(韓国を代表する美術公募展)で彫刻の最高賞を受賞し、欲が出ました。創作活動を続けてもいいのではないかと思ったのです。

Q. 学生時代から展示をするからといって、誰もが注目されるというわけではありませんが。
A. そうですね。注目されるようになるいくつかのきっかけがあったのでしょう。大学4年の時にアルト・アート・フェア釜山(Arto Art Fair Busan)に参加したところ、上海当代芸術館のディレクターが気に入ってくれ、同館で開催するアニマミックス・ビエンナーレ(Animamix Biennial)に出展することになりました。

Q. 創作活動の方向性が定まったきっかけを聞かせてください。
A. 以前からミシュランやプリングルスなど、ブランドのシンボルのようなキャラクターに強い関心がありました。消費社会に対する関心とでもいえばいいのか。そうしたところ、シャネルが2006年にベアブリックとコラボするのを目にしました。ベアブリック自体に販売価格がついていますが、どこのブランド、どのアーティストとコラボするかによって価値は全く違ってきますよね。人もまた、何の車に乗り、どんな服を着るかによって、社会的な見方や評価が変わります。そんな消費社会と世間の認識について話してみたくなりました。その上でベアブリックがぴったりの素材に思えたのです。

ガナ長興アトリエに入居して創作に取り組んでいる。彼のアトリエに並ぶ作品

Q. ベアブリックにラグジュアリーブランドのフェイクロゴをあしらって注目されましたが。
A. はい。初期にルイ・ヴィトンのロゴにクマを加えてみたり、偽のロゴを入れたりしました。ですが通りすがりにさっと見るくらいだと本物だと思うらしいですね。その次に手掛けたのは水牛の角シリーズです。今は財産や能力で自分が持つ力とステータスを誇示しますが、貨幣や財産の概念がなかった大昔は、狩りに秀でた原初的で物理的な力がステータスと権力の象徴だったのではないかと考えました。そこで、実際の水牛の角を使うか鹿の角に色を塗って作品をつくりました。ラグジュアリーシリーズの延長に位置付けています。

Q. 前はフェイクのロゴでしたが、その後、グッチといったラグジュアリーブランドとコラボしてベアブリックに本物の有名ブランドの服を着せるようにもなりました。今後、この二つの方向性を並行していくのですか。
A. 社会現象を批判的に見て創作に取り組んでいるわけではありません。僕もそうですが、誰しも消費をしますから。その現象を作品にして語りたいと思ったにすぎません。ですからラグジュアリーブランドとのコラボも存分に楽しめました。自分が追求するアートへの考えが大勢の人たちに分かりやすく、面白く伝わればと思っていたのですが、その機会になりました。

作品はすべて彼の手によって生み出される。

Q. イムさんの言うアートの大衆化、「デリバリーアート」という言葉が思い浮かびます。
A. アートへのアクセスの障壁を下げることが重要だと考えています。もちろん作品に僕ならではのメッセージを込めてはいますが、もうちょっと単純に、気楽に受け止めてもらえるといいですね。

Q. いくつものブランドとコラボしましたが、調整が大変だったのはないですか。
A. ブランド側としては僕の作品とコラボすることでロゴやブランド名といったものを露出しようとします。僕はそれを最大限控えて純粋に作品としてブランドにアプローチするという姿勢です。適正な線を探るのは難しいことですね。

 

ベアブリックという一つの素材から、さまざまな形と質感、テーマの作品を制作する。

Q. 作品のベアブリックにそれぞれ名前を付けて呼んでいますか。作品タイトルはどのように決めますか。
A. 特に名付けたりはしません。僕はもっぱら人の欲望をテーマに創作しているので、多くの作品タイトルの頭に「スレイブ(Slave、奴隷)」がきて、サブタイトルが続きます。「Slave-君のせいで僕は苦しむ」、「Slave-あなたは一人ではありません」といった具合です。

Q. 創作の全過程を一人でこなすということに驚きました。
A. これは創作活動であり、すべてのプロセスを手掛けることが重要だと考えています。3Dプリンティングのように楽に作る方法もありますが、僕は単純に玩具を作っているわけではありませんから。ベアブリックは作品の素材として使うにすぎません。工程を説明すると、粘土での基本的な作業の後、型を取って石膏のモールドを作り、研いだり埋めたりしてからシリコンを流し込む作業を進めます。その繰り返しが日常です。長い時間がかかりますが、僕の性格によく合っている気がします。反復的な作業が楽しいのです。
 
アートの楽しさを伝えます

‘EVERYWHERE in Taipei’, Variable installation balloon 2016 © イム・ジビン

Q. ギャラリーで展示していたベアブリックを巨大な風船(バルーン)にかえて世界中を回り始めたのは2016年でしたか。「エブリウエア(Everywhere)」のプロジェクトを始めた特別なきっかけがありますか。
A. アートが大衆から遠ざかってはならないと考えました。人々が展示を見に出掛けないのなら僕が訪ねて行こうと。それがデリバリーアートという概念です。

Q. これまで訪ねた海外の都市はどれほどありますか。
A. 日本や中国、台湾、ベトナムなどアジアの主だった国や地域はすべて行ったのではないでしょうか。ヨーロッパもフランスを中心に10カ国を超え、アブダビやドバイなど、中東も訪れました。アメリカでは、カリフォルニアで展示をしました。

Q. ずいぶん長い時間をかけてこのプロジェクトを進めていますね。
A. このプロジェクトは確かに、長く取り組んでこそ力が生まれてくると感じました。どこだろうと人々のもとを訪れ、作品を紹介するのだと。ストリートアートに近いかもしれません。グラフィティアーティストが作業を終えるとイニシャルや文様などでタグ付けして痕跡を残すように、僕は作品を設置した後は写真で記録を残します。
 

‘EVERYWHERE in Sharjah‘, Variable installation balloon 2019 © イム・ジビン

Q. プロジェクトを進行する上で自ら決めているルールがあると聞いたのですが。
A. 1年に五つの都市を訪ね、それぞれの街に1カ月以上滞在して作品づくりをすることを心掛けています。もともとは自分の作品をまとめて紙ベースのマガジンにして残したかったのです。現地で出会うアーティストや人々へのプレゼントにもできますし…。

Q. 並大抵の費用ではないでしょうに。
A. 宿泊費だけでもずいぶんかかります。援助してくださるという企業があったのですが、プロジェクトの純粋性を守りたくてすべて自費で賄っています。なので、大体は一人で出掛けるのですが、荷物を減らすためにずいぶんと工夫しました。28インチのスーツケースの中に作品やらコンプレッサーやら、撮影用の装備も全て納める必要がありますから。

Q. 作品を設置する場所は先に決めておくのですか。
A. 民泊のエアビーアンドビーを介して泊まることが多く、そこのオーナーに設置先のお薦めを聞いたり近所を歩き回ったりして場所を決めます。たいていはタクシーや公共交通機関を利用して移動するので、遠方に出掛けるのは大変です。それで同じ街でも3日ごとに宿を移り、作品を設置しています。その場の判断で進める作業のため、追い出されたり制止されたりするケースも少なくないです。パスポートを取り上げられたこともありましたね。

Q. 場所を決める基準がありますか。
A. 現地の人たちが普段行き交う日常的な場所、都市を代表するランドマークの一帯、その街らしい雰囲気が色濃く漂う空間、主にそうした場所に行ってみますが、作品の設置はたやすくありません。警戒されることが多いからです。あいつ何をやっているんだ、という目で見られます。作品が完成すると、とても気に入ってくれ、楽しんでくれるのですが。
世界のどこもがギャラリーです

‘EVERYWHERE in Viet Nam‘, Variable installation balloon 2016 © イム・ジビン

Q. エブリウエアのプロジェクトの中で特に印象深い街がありますか。
A. ベトナム・ハノイの再開発地区に行った時、作品を設置している間、子どもたちが自転車に乗って周りをうろうろしていました。気になってしょうがなかったのでしょう。それでこの作品で遊んでもいいと言ったところ、1時間も楽しそうに遊んでいました。その様子が強く印象に残っています。こうした作品が必要とされる場所が確かにあるのだと実感しました。一般の人たちが共感し喜んでくれる、そんな作品が必要な場所のことです。

Q. 作品をそのまま長く残せないのは残念でしょう。現場感覚も大切ですね。
A. そうですね。ですから出発時にエブリウエアを実施する場所をあらかじめSNSに投稿したりもします。そうするとDM(ダイレクトメッセージ)を送ってから実際に見に来る方もいます。現地では、制止されることがなければたいてい3~4時間ほどで設置できます。

‘EVERYWHERE in Paris‘, Variable installation balloon 2019 © イム・ジビン

‘LIKE‘, Variable installation balloon 2020 © イム・ジビン

Q. 行くことができず心残りな場所もありますか。
A. 実はアメリカに行く時、ニューヨークで作品を設置したいと思っていました。ところがいざ行くとなると腰が引けてしまって。そのころ、アメリカは大統領選直後でした。東洋人の男が大きなスーツケースを引きずってうろつき、バルーンを膨らませる時に大きな音を出す…テロだと誤解してくださいと言わんばかりの状況です。一歩間違うと大事になりかねないと思いました。作品が完成すると皆さん喜んでくださいますが、設置の段階では何をしているのかよく分からないものですから。

Q. エブリウエアにはスポンサーがいないと聞いています。ベアバルーンを販売するわけでもないのに、プロジェクトの費用はどのように賄うのですか。
A. 企業がベアバルーンを買い取ることもあります。このプロジェクトを続ける理由は作品を大勢の人たちに知ってもらいたいからですが、時にはプロジェクトを見た企業からコラボをオファーされます。付加価値があるからです。そうやって収入が発生すれば、また別のところに制作に出掛けます。

‘EVERYWHERE in Gangneung‘, Variable installation balloon 2018 © イム・ジビン

Q. 計画している活動はありますか。
A. 今みたいに人々が共感し、喜んでくれる展示をしたいと思います。もちろん美術館でも展示はしていますが、パブリックアートのように永続的に設置される造形物も手掛けられればいいですね。「瞬間庭園プロジェクト」というタイトルで木を設置することも計画中です。それから、日ごろアートに接しにくい地域の子どもたちが僕の作品によじ登るなどして遊べるよう、エアバウンス(遊具)として制作してみたいです。作品であると同時に移動式の遊び場になるわけです。

Q. どのようなアーティストを目指していますか。
A. 人々にとって気になるアーティスト、そして一般の人たちとコミュニケーションできるアーティストです。僕は作品を仕上げるとすぐにSNSにアップするのですが、周りからはせっかくの大切な画像をどうしてすぐに消費してしまうのかとよく言われます。僕は作品を画像としてでも消費してもらい、そうすることで人々に身近なアーティストになりたいと考えています。
 

EVERYWHERE PROJECT ©IMJIBIN

May 2021 編集:鄭宰旭
文:,
写真:金晙

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  • May 2021
  • 編集: 鄭宰旭
    文: ,
  • 写真: 金晙
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