愛好家は別にして、多くの人は「フライフィッシング(Fly Fishing)」と聞けば1992年の映画「リバー・ランズ・スルー・イット(A River Runs Through It)」を思い浮かべるだろう。米モンタナ州の小さな田舎町の牧師で、厳格ながら文学的な感性を備えた父親は、2人の息子とフライフィッシングに出かけるのが楽しみだった。川は映画のタイトルが示す通り、この家族の人生を貫く背景となる。印象的なシーンのひとつが、父親が幼い2人の息子に初めてキャスティング(Casting、投げ方)を教える場面だ。10時と2時方向の間の「4拍子」のリズムを覚えるよう息子たちに言い聞かせる。それほどフライフィッシングにおいてキャスティングは重要な要素なのだ。
キャスティングに劣らず大切なのが、釣り竿の先に付ける毛針のフライ(Fly)だ。どこで何を釣りたいのかを決めたら、ターゲットの魚の好きな昆虫(または小魚)を知る必要がある。ベテランの釣り人は、色々な材料を組み合わせてオリジナルの疑似餌を作るのもお手のもの。昆虫学と工芸の融合だ。最初から怖じ気づく必要はない。フライフィッシングは技術と知識を要するだけに、インターネット上には喜んでノウハウを伝授してくれる達人たちがたくさんいる。また、釣り場の近くには初心者向けに色々と教えてくれる釣り用品店やガイドツアーの店がある。
デイブ・マッコイ(Dave McCoy)はアメリカン・フライフィッシング・ミュージアム(American Museum of Fly Fishing)、アメリカの高級ハンドクラフト・フライロッド(釣り竿)ブランドのトーマス&トーマス(Thomas & Thomas)、アウトドアウエアブランドのパタゴニア(Patagonia)のフライフィッシングラインでそれぞれ大使を務めるほど、フライフィッシング分野の象徴的な人物だ。40年以上のフライフィッシング歴を持ち、この分野のプロ写真家でもある彼は、シアトルを拠点にフライフィッシングの専門クラスとガイドツアーを実施するエメラルド・ウオーター・アングラーズ(Emerald Water Anglers)を経営している。
「太平洋岸の北西部、特にシアトル周辺でのフライフィッシングはややチャレンジングです。水が豊富ですが、各漁場のアプローチ方法やフライフィッシングの環境はそれぞれ違うためです」とマッコイは説明する。
「フライフィッシングは、魚の生き方についての全面的な理解が必要です」
エメラルド・ウオーター・アングラーズのオーナー、デイブ・マッコイはこう説明する。彼は3歳の時に父と一緒にフライフィッシングを始めた。「釣りたい魚が生息する水の温度はどのくらいか、餌になる昆虫の孵化する場所はどこか、その昆虫の成長段階ごとの姿はどう違うのか、魚に気付かれないようにどうやって要領よく近づくのか、魚がだまされるような魅惑的な疑似餌を選んだら、それでどうやって誘惑するかなど。要するに、フライフィッシングは自然との関わりに関するものと言えます」。
マッコイの経験に基づくと、人々がフライフィッシングにはまる理由は、それが2つの混合体であるためだ。時間がたつにつれて徐々に向上する技術、そして目の前の状況に自分を上手に同化させる実戦力。この2つが完璧に合わさったとき、フライフィッシングはひとつの芸術に昇華する。映画「リバー・ランズ・スルー・イット」で、成人になったポール・マクリーン(ブラッド・ピット)がついに自分だけの独創的なキャスティングのリズムで魚を釣る様子に、父と兄が「ひとつの芸術(A Work of Art)」を見たように。